定年後に上海の大学を卒業したぞ

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zoom RSS 799 「跨文化交際実践」レポート 「言語を発明した民族は?」その2

<<   作成日時 : 2010/11/27 05:33   >>

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 「跨文化交際実践」レポート 「言語を発明した民族は?」その2

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日光東照宮にて


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友人へのメール2007.6.25
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60年代,在南美尼加拉瓜流行风疹,多数孕妇不幸感染。他们生了很多聋哑儿童。过了六年他们达到学龄。

政府惊慌失措建立学校,可是在那时该国没有聋哑教育。因为过去聋哑儿童在家里置之不顾,所以国内完全没有聋哑教育专家,也没有体系化的手语教育。
  
虽然校舍完成了,儿童集合了,但是没办法,和过去一样儿童们在教室里被放置了。
  
尽管儿童们不会听不会说,可是情况比过去不一样,他们没有孤立于同伴,很多的同学在一起生活。

在这个情况下儿童们引起戏剧性的变化。他们用自己创造的手语做活泼的相互交流。

这就是尼加拉瓜手语的起源。

中国有中国手语,日本也有日本手语。虽然中国手语恨像中国话,可是它完全不是从中国语翻译做成的。它有它的独自文法体系。

世界各地的‘手语’都很像当地的语言,可是都是独立的语言。

在尼加拉瓜的那时候,人类第一次,从开始到完成,亲自观察语言诞生的一刹那。



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(ブエノスアイレスにて)



60年代南米ニカラグアに風疹が流行し、不幸にも多数の妊婦が感染しました。彼等は沢山の聴力障害の子供を産んだのです。6年たって子供たちは学齢に達しました。政府はあわてて学校を建てたのですが、当時その国には聾唖教育はありませんでした。

過去には聴覚障害児童は家庭に放置され、国内には聾唖教育の専門家もまったくいないどころか、体系的な手話教育もありませんでした。

学校は建ちました、児童は集まりました、でもどうにもならなくて、児童は以前同様教室に放置されました。児童は聞きも話せもしなかったのですが、状況は前とは違いました。彼等は友達とは孤立していなくて、みんな一緒に生活していたのです。

こんな状況の下で劇的な変化が起こりました。彼等は自分たちで作り出した手話で活発に交流を始めたのです。これがニカラグア手話の始まりです。

中国には中国手話があり、日本には日本手話があります。中国手話は中国語に酷似していますが、中国語を翻訳して作ったものではありません。それは独自の文法体系をもっています。

世界各地の手話はそれぞれの言語に酷似していますが、それらはすべて独立した言語なのです。

ニカラグアにおけるその時は人類が言語の誕生から完成までをこの眼で目撃した一瞬だったのです。

                           (この項続く)

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猫 私もお母さんに酷似しているけどでも独立したネコです!



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